みんな仲良くと言えば言うだけいじめは増える

旭川市東光の心療内科(メンタルクリニック)

あおぞらクリニックの菊地です。

向精神薬の使用量が飛び抜けて少ない心療内科医です。

軽い足取りで先に進もう。


みんな仲良くと言えば言うほどいじめは増えます。

菊地:
みんな仲良くと言えば言うほどいじめが増えますが、原因として最も重要な点をまとめてください。

ChatGPT:
とても本質的な問いですね。
結論から申し上げると――


「みんな仲良く」という言葉が、
『排除の自由』を封じ、表面的な同調を強いるからです。

これが、いじめが増える最も重要な理由のひとつだと私は考えます。


◆ 解説:なぜ「仲良く」がいじめを生むのか?

「みんな仲良く」と言われると、人間関係に次のような圧力が生まれます。


1. ✅ 嫌いでも距離をとれなくなる(健全な回避ができない)

本来、人間関係には「この人とはちょっと合わない」という自然な感情があるはずです。
でも「みんな仲良く」という空気の中では、その違和感すら否定される。

→ 本音を出せない
→ 無理に付き合う
→ ストレスが蓄積し、陰湿な攻撃に変化する


2. ✅ 「仲良くできない人」=「悪」とみなされる

「みんな仲良く」のルールに従えない人は、
「協調性がない」「空気が読めない」として、集団からの同調圧力を受ける。

→ この構図が、いじめの加害側に「正当性」を与える
→ 「あの子が浮いてるから」「みんなのために」といった歪んだ大義名分が生まれる


3. ✅ 本音を言う自由がなくなる(言論空間の硬直)

仲良くすることが正義になると、批判・異論・距離を取ることが悪になる。
この空気は、弱い者への攻撃を黙認しやすい構造を生みます。

→ 「見て見ぬふり」が正当化される
→ いじめの温床になる


◆ 本来必要なのは、「仲良くしなくていい自由」

誰かを嫌いになる権利、
距離をとる自由、
不快な相手を避ける選択肢――

これらが確保されて初めて、いじめのエネルギーが暴発せずに済むんです。


◆ まとめ

「みんな仲良く」という理念は、見かけは優しく、構造としては残酷です。

むしろ必要なのは、
「人間関係において、仲良くしなくてもいいという前提」を明示すること。
そして、違和感や不快感を感じたときに、それを安全に表現できる空間をつくること。

いじめの本質は、「感情の出口がないこと」から生まれます。
そして「仲良くしなきゃ」という呪縛は、その出口を塞いでしまうんです。

ご質問の意図は、医療や教育の現場にも関わることと思います。
もしよければ、そこにも視野を広げてご一緒に考えていけたらと思います。

私は、

嫌いな人とは仲良くなんてしなくていい。

叩きのめしさえしなければいいと教えています。

ま、

私を叩きのめしたい人はいるみたいですけれどね。

わかる?

私のことを嫌いな人の一部は私を叩きのめそうとするけれど、

私はしないの。

その方がいい。


【おしらせ】
当ブログへのコメントは、管理者が投稿に気づいて公開の処理をすると表示されます。返信することをお約束はできません。
お寄せいただきましたコメントは、責任者である菊地一也自身が他のコンテンツも含めて2次利用させていただくことがあります。予めご了承ください。
公開しないでくださいと書いて送られてくるコメントがありますが、原則公開させていただきます。
元記事と関連性が薄いコメントについては申し訳ございませんが返信なしに削除させていただきます。

あおぞらクリニック

東光9条5丁目バス停(あさでん)目の前
東光眼科となり
駐車場完備
東神楽東川美瑛深川からのアクセス良好】

電話
0166-33-8600 (平日9:30~12:30)


コメントを書く

コメント


認証コード9967

コメントは管理者の承認後に表示されます。